私が結婚した1995年は、戦後50年の節目だけでなく、今から思えば時代の大きな転換期が始まった年でした。何しろ、1月に阪神淡路大震災が、3月に地下鉄サリン事件が発生したのですから。
時を同じくして、私の人生も激震に見舞われました。
当時、今の女房とは月に数回しか会えない多忙同士でしたが、真摯に愛情を育んでいました。そして、お互いの実家に挨拶で訪れ、両家の顔合わせもおこなうなど、結婚への具体的なスケジュールが視野に入ってきつつあった、人生で一番幸せな日々。
そんな折に、女房のお母さん(義母)がガンと告知されたのです。幸い早期発見での闘病となりましたが、入院・手術・退院後の通院と、いくつもの険難の峰に直面。そのつど明るくたくましく乗り越えた一家の姿に、私も大いに勇気づけられたことは忘れられません。
しかし、今度は私の番。バブル崩壊後の経営危機を踏みこたえてきた会社が、いよいよ厳しい局面に陥ったのです。3月のある朝、緊急会議で正式に社長から赤裸々な実状報告がありました。
わが社の経営陣は男らしかった。今でも誇りに思います。新人や中堅の分け隔てなく、1人1人の社員と真摯に向かって、一切の隠しごとをせずに語り合い、忌憚のない意見を求めたのです。
逆境こそ最大の成長のチャンス。家族を養わなければならない何人かは去って行きましたが、私はここで踏ん張らなければどこに行っても通用しないと腹を決めました。
彼女には前途の多難を正直に打ち明け、結婚も白紙に戻しても構わないと言ったのですが、「この宿命を2人で力を合わせて転換していきましょう」との返答。自分で言うのも何ですが、この女性で本当に良かったと実感し、勇気百倍で激闘を再開したことを昨日のように覚えています。
大阪市中央区本町という超1等のビジネス街から、吹田市江坂といういわば副都心へ移転。給料遅配が何ヶ月も続いたのでつらかったことは間違いありませんが、それ以上に「何としても乗り越える!」と燃えました。
ちょうど入社10年目の節目、今こそ会社に恩返しするのだと決意し、知恵と勇気をフル回転。若手社員と深夜まで熱く語り合ったり、上司との橋渡し役として生の声をつないだりするなど、文字通り会社団結の“要”と自覚して踏ん張ったのです。
義母の闘病や会社の危機が重なったことで、結納も質素なものに縮小。9月の結婚式もささやかながらも真心と友情に包まれた思い出を刻むことができました。当日は週の半ばの祝日(なんと敬老の日)であり、そのうえ仏滅。挙式費用は安く済んだので助かりました。
また、新婚旅行はバブルの余波で円高が続いていたこともあり、行き先はロンドン・ローマ・パリの3都市。夢のような1週間でした。(もう2度とこんな旅行はできないでしょうね。一生分の贅沢となりました・・・)
家内は帰国すぐに身ごもったのですが、土日返上の激務が連続するため家でゆっくりすることは不可能。初めてのお産が逆子という緊迫する状態が続くなか、甘い新婚生活というよりも、まさに「銃後の妻」状態でした。
九州に出張し契約が取れたときのこと。深夜まで酒盃を挙げて、翌日に帰社しても良かったのですが、経費削減と翌日の仕事準備のために最終新幹線で帰宅しました。そこには脂汗を流して苦しんでいる家内の姿が。急いで病院に担ぎ込んで事なきを得たというエピソードもありました。
ほかにも様々なドラマが生まれ、キリが無いくらいですが、限界を超えた必死の激闘が功を奏し、翌年の決算では前年対比130%を達成し、劇的な転換を勝ち取ることができました。(計算によっては150%かもしれません。いずれにしても奇跡的な逆転勝利でした!)
その後も、厳しい経済状況の中を会社は踏ん張り続け、新しい分野にも拡大するなどITビジネスの可能性を開拓しています。就職して21年。議員のお話を頂いて平成18年9月に円満退職しましたが、現在も快く交流させていただいています。ほんま、ありがたいです。
また、帝王出産で誕生した長女は、今は健康でやさしい高校生に成長。両親不在の留守宅を妹2人と力を合わせて守ってくれています。
3人の子どもたちは、京都市活性化に貢献しようと奮闘する父親を温かく見守ってくれています。まさに“宝物”です。最近はイメチェンに挑戦し、ヘアスタイルや体形にこだわる私に、「ええやん、健康なんやし。髪型よりも笑顔が大事やで」と教育的指導をしてくれています。おーきに!
子育て世代の1人として、これからも頑張ってまいります。それだけでなく、IT分野で奮闘した元ビジネスマンであり、障がい者の家族を介護した経験者であり、芸術を学んだ1人でもあります。今までの人生経験をムダにせず、市民の痛みの分かる議員として、庶民の目線で生の声をキャッチし、政治という大事な仕事に全力投球していく決意です。
これからも、ご指導・ご鞭撻をよろしくお願いします。
※私の社会人時代は終了となります。ご愛読ありがとうございました。