プロフィール(自己紹介)

吉田 孝雄(よしだ・たかお)

昭和37年(1962)8月11日 京都市上京区生まれ
平成19年(2007)4月8日 京都市会議員初当選
平成23年(2011)4月10日 京都市会議員2期目当選

平成27年(2015)4月12日

京都市会議員3期目当選

著書

『京都市自転車安心安全条例』(2011年12月・地域科学研究会)

政策提言

「京都市における『ふん害』対策の提案」(2014年7月)
「京都市まちなか自転車走行環境提案書」(2012年4月)

政務調査レポート

「京都市会議員吉田たかおの、超・私的 2013海外行政調査レポート」

党役職

公明党京都府本部文化教育局長、災害対策局次長、第2伏見支部長

議会役職

後期高齢者医療広域連合議会議員、教育福祉委員 NEW
公明党市会議員団副団長 NEW

学 歴
昭和44年(1969) 私立せいしん幼児園卒園
昭和50年(1975) 京都市立仁和小学校卒業
昭和53年(1978) 京都市立北野中学校卒業
昭和56年(1981) 京都府立山城高校卒業
昭和60年(1985)

私立大阪芸術大学芸術学部卒業

職 歴
昭和60年(1985) 株式会社コムアソート入社
平成18年(2006)

同社退職 (最終役職:営業課長)

議員当選後
平成19年度 文教委員会所属
平成20年度 くらし環境委員会副委員長
職員不祥事に関する調査特別委員会所属
平成21年度 交通水道委員会所属
平成22年度 教育福祉委員会所属
平成23年度 交通水道消防委員会委員長
平成24年度 まちづくり委員会所属
平成25年度 くらし環境委員会所属
平成26年度 経済総務委員会副委員長
平成27年度 まちづくり委員会所属
平成28年度

くらし環境委員会所属

連絡先
吉田たかお事務所:Tel ( 080) 9804−7801
市役所議員団控室:Tel (075)222-3732
専用e-fax:(075)320-1624
お問い合せ

 

 

くらし環境委員会所属

京都生まれの京都育ち

 2011年4月、多くの皆様の真心のご支援で、京都市会議員選挙に当選をさせていただきました。ご恩返しのために、現場第一で研鑽に励み、実績を積んでお役に立っていく決意です。
 私は、京都生まれ京都育ちの根っからの「京都っ子」です。京都を愛する気持ちは、誰にも負けません。京都活性化のために働き、「応援してよかった!」と喜んでいただけるよう、真剣の二字で頑張ります。

 

芸大出身の変わりダネ

 山城高校に進学後、サッカーを断念し某予備校の特別コースに編入。周囲すべてが敵という環境になじめずリタイヤしてしまいました。

 反対を押し切って“偏差値の無い”大阪芸大を志望し、合格。ユニークな変わり者たちとの、かけがえない青春時代を送りました。

 ヒューマンコンサートやヒューマンセミナーを企画する中で、豊かな人間性を復興する芸術の使命について議論し、思索を深めていきました。

 

たたき上げの営業マン

 芸大卒業後は、大阪のコンピュータソフト会社に就職。コテコテの『なにわのあきんど』として、中小企業や町工場に飛び込んで走り回り、社会の荒波に揉まれました。

 入社10年目、会社の経営危機に直面。逆境のなか知恵と勇気をフル回転させ、会社団結の要となって、前年対比150%を達成し劇的な転換を勝ち取りました。

 コンピュータという高額で企業の中核を担う商品を扱うなか、相手の立場を忘れない誠意と、常に現場第一で工夫する執念と向上心の重要性を肝に銘じてきました。

 

庶民の痛みが分かります

 高校3年生の春、父が突然倒れ生死の境をさ迷いました。幸い意識は戻り、1年後に退院。以来、左半身麻痺という不自由な体にもかかわらず愚痴ひとつこぼさずにリハビリに励む父と、その父を献身的に介護する母を間近で支えてきました。

 家計を助け、学費の足しにするため、数々のアルバイトを経験しました。家庭教師、測量助手、ビル清掃、深夜の警備員、地下鉄車両のメンテナンス等……。変わったところでは展示会の男性コンパニオンも。貴重な社会経験となりました。

 今、3人の女の子の父となりました。子育て真っ只中の一人として、少子化対策トータルプランを掲げる公明党のきめ細やかな政策を、いっそう推進していく決意です。

 

パーソナルデータ

165cm 75kg とら年 しし座 O型
趣 味: 読書、スポーツ
(会社のフットサルチームで最年長選手記録更新!)
好きな食べ物: ラーメン、水炊き、サラダバー
苦手な食べ物: 納豆、セロリ
尊敬する人物: 周恩来、ゴルバチョフ
好きな作家: ユゴー、山本周五郎、吉川英治
好きな言葉: さあ、出発しよう!
悪戦苦闘を突き抜けて
決められた決勝点は、
取り消すことは出来ないのだ」
(W.ホイットマン『草の葉』)

 高校3年生の春、父が突然倒れ生死の境をさ迷いました。幸い意識は戻り、1年後に退院。以来、左半身麻痺という不自由な体にもかかわらず愚痴ひとつこぼさずにリハビリに励む父と、その父を献身的に介護する母を間近で支えてきました。

 家計を助け、学費の足しにするため、数々のアルバイトを経験しました。家庭教師、測量助手、ビル清掃、深夜の警備員、地下鉄車両のメンテナンス等……。変わったところでは展示会の男性コンパニオンも。貴重な社会経験となりました。

 今、3人の女の子の父となりました。子育て真っ只中の一人として、少子化対策トータルプランを掲げる公明党のきめ細やかな政策を、いっそう推進していく決意です。