私の大好きな本の数々をつれづれに紹介します。

「茜唄」今村翔吾

2024年6月17日

今年の大河ドラマは「源氏物語」の紫式部が主人公ですが、源氏と言えば平家、「平家物語」も京都が主な舞台です。

中世文学の最高峰「平家物語」は、昨年アニメ化されて大きな話題を呼び、世代や国境を越えた多くのアニメファンから注目を集めています。この、謎に包まれた「平家物語」成立の経緯や作者像を、格調高い文章で解き明かされたスケールの大きな作品「茜唄」を、自信をもって紹介させていただきます。

本書は、京都出身の直木賞作家今村翔吾さんが京都新聞に連載し、昨年刊行された新作ですが、まさに装丁の帯で喧伝されていたとおり、「真・平家物語」――源平合戦の真実を描いた傑作といって過言ではないと思います。

平家物語は謎が多いですよね。まず、作者は誰なのか。なぜ琵琶法師が語り継いでいったのか。歴史は勝者が紡ぐと古今東西言われていますが、なぜ敗れた平家が主役の物語が成立できたのか。しかも、源平合戦の詳しい内容が極めてリアルに描かれているのも不思議です。

この作品は、平家が滅亡する、哀しくも美しい壮大な落日が描かれているとともに、これらの謎を解明するミステリアスな物語なのです。(ネタばれしないため、詳しく書けないのがつらいところです)

「茜唄」は二重構造で描かれており、山本周五郎の不朽の名作「樅の木は残った」を彷彿とさせる「断章」形式が大きな特徴です。時系列が二重構造で進み、現在と過去が交差する凝りに凝ったスタイルが実に小気味よく、ページを捲る手が止まらないほど。

文学史では、作者は「信濃前司行長」と伝えられていますが、該当人物とされる中山行長は信濃守ではなく下野守であるため、今村氏はもう1人の候補者を提示します。それは信濃の豪族で「ゆきなが」と名乗る木曽義仲麾下の武将であり、源平合戦にも登場するものの、戦後に出家し法然の弟子となった人物です。ねっ、面白いでしょ!

主人公は、「入道相国最愛の息子」と呼ばれ、父亡き後に平家の命運を握る総大将となる平知盛で、「王城一の強者」と名を馳せる平教経とバディを組んで、ハラハラドキドキの大活躍を演じます。智勇兼備の知盛と弁慶をも凌ぐ剛勇の教経が、木曽義仲や源義経、後白河法皇などの傑物と対等以上に渡り合い、「貴族かぶれして軟弱化」した平家のイメージが一新されるほど。壇ノ浦の義経八艘飛びの新解釈も圧巻です。

知盛は生涯側室を置かず、妻(治部卿局)や5人の子どもたちとの純愛が描かれるのですが、戦争に翻弄される悲劇は時空を超えて21世紀の我々の胸を痛烈に撃ちます。琵琶の名手である彼女は、都落ちの際に幼少であった最愛の息子を家人に託しますが、成長した息子は10数年後に謀反の罪で幕府に討たれ、その首実験を強要されます。残酷な権力の仕打ちに屈せず、平家の真実を後世に残すために戦う女性の鮮烈な使命感が、10数年の歳月を行き来する二重構造の物語で、眩しい光を放つのです。

有名な平家物語の冒頭は「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏(ひとへ)に風の前の塵におなじ」です。

奢り高ぶって滅んだ平家の没落が、なぜ美しくも哀しい荘重な音声で語り継がれてきたのか――。
必勝を期した壇ノ浦で敗れ、「見るべき程の事をば見つ」とつぶやきながら碇を抱いて入水した知盛が、誰に何を託したのか――。
戦場の戦いを「小の戦」といい、中長期の戦略を「中の戦」と位置付けた知盛が、命を懸けて挑んだ「大の戦」とは何なのか――。

読み終えた今、これらへの「答え」が見えてきたような気がします。また、最終章を閉じたとき、本書のタイトルを「茜唄」とした理由も納得できました。歴史のドラマを堪能したい方は、京都が生んだ“突き抜ける”才能を発揮して活躍する今村翔吾さんが創り出す数々の傑作を、ぜひ紐解いていただきたいと思います。