「ふりさけ見れば」安部龍太郎
私が子どものころ、吉田家の正月は百人一首や坊主めくりに明け暮れていました。藤原定家が選んだ百首の和歌の「上の句」を父が詠み、「下の句」が書かれている札を必死で探すカルタでは、低学年までは親に全くかなわなかったものが、成長するにつれ凌駕できるようになり、それを親が目を細める・・・・というシチュエーションは、大人になった私が父親になってからも同じ光景が展開されていました。(トランプやオセロもしましたけどね)
アニメや映画になった「ちはやふる」という漫画がヒットしたように、百人一首を愛好する人は世代を超えて多いと思います。その方々は各人が「他には絶対取られたくない」という十八番(おはこ)の札を持っているのですが、私の場合は「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に出し月かも」であり、酒に酔った父が「あまのはらぁ~」と詠めば、家族はみな暗黙の了解で、一瞬の間をおいて私に譲ってくれていました。(笑い)
その歌の作者・阿倍仲麻呂が主人公の大河小説が本書です。上下巻900頁の分厚さなので、一瞬ためらいましたが、タイトルを見たらもう魅了されてしまい即決で購入。息もつかせず読み進めました。歴史好きの方、おすすめです!
2012年に「等伯」で直木賞に輝いた安部龍太郎の最新作は、遣唐使として学ぶ日本の俊秀が激動の東アジアを縦横無尽に駆け巡る壮大なスケールの物語。唐で科挙にトップの成績で合格し、玄宗皇帝に重用された阿倍仲麻呂(白村江の武将・阿倍比羅夫の孫)や、その盟友で日本に帰国後は律令国家形成の立役者となった吉備真備(当時は下道という姓)の活躍が、虚実を巧みに縫い合わせて生き生きと再現されます。
しかも、玄宗が寵愛した楊貴妃や反乱に立ち上がった安禄山、盛唐の文化を彩った王維や李白が登場して格調高いセリフを交わすだけでも震えるくらい面白いのに、それに加えて「仲麻呂が帰国できなかったのはなぜか?」という謎がドラマチックに解明されていくのです。
お堅いというイメージの日経新聞に連載されていたにもかかわらず、たっぷりの「濡れ場」が提供されているので少しビックリしますが、描かれる女性はみな賢く逞しく実に魅力的。卑猥にはならないのでご安心ください。その代わり、男たちの波乱万丈の権力闘争は極めて冷酷で、仲麻呂たちのギリギリの綱渡りがリアルに迫ってくるので息苦しくなります。あらかじめお覚悟をお願いしたいところです。
私の十八番(おはこ)の作者・阿倍仲麻呂が、想像以上に優秀だったことに驚き、心から誇らしく思う作品です。いやぁ~、面白かった! 唐という世界史上稀にみる巨大帝国の中枢に入り込んだ仲麻呂や真備の激闘は、今年一番のドラマ「VIVANT」で味わったスリルとサスペンスにも負けない位くらいの興奮を堪能できると思います。ご関心ある方はお読みくださいね!