私の大好きな本の数々をつれづれに紹介します。

「二十歳の火影」 宮本輝

2008年12月30日

何を隠そう、政治の道に進む直前まで、私は無謀にも小説家を志望していました。中学時代から40過ぎまで、必死に執筆した作品をコンテストに応募し、そのつど悔し涙を流し続けていたのです。ヘンでしょ!

きっかけは、中三か高一の時に、文藝春秋に掲載された芥川賞受賞作を読んで衝撃を受けたこと。その因果な作品とは宮本輝の『蛍川』です。

芥川賞受賞作をリアルタイムで読んだのは、この作品以外には中上健次『岬』と綿谷りさ『蹴りたい背中』だけなのですが、いずれも文学史に残る傑作ですよね。これらを読んだ時の感動は、今も心の中に焼き付いています。

その後、大学に進学した私は、家庭の事情で貧乏のどん底でして、授業もままならないアルバイト生活を余儀なくされていたのですが、その合間に古本屋で購入した文庫本を乱読していました。今から思えば、無謀な飢餓感に満ちていた青春の日々。ぎらぎらしながら小説を書き殴り、書きため、書きなおし、そして破棄したりしていました。

そんな日々が続く中、どうしても買いたい単行本を1982年9月に書店で発見したのです。20歳になってすぐの夏でした。文庫本になるまで待てない。カネはないがどうしても買いたい。逡巡の末に思い切って購入したのが、作家を志したきっかけとなった作家・宮本輝のエッセイ集『二十歳の火影』だったのです。

安下宿で洗濯したよれよれの服を着続け、ガリガリにやせ細った貧乏学生が、片思いと失恋を繰り返しながら、情熱に突き動かされてガムシャラに生きていた20歳の日々。今から思うと、本当にかけがえのない贅沢な毎日でありました。

そんな私の拠り所となったのが、この『二十歳の火影』だったのです。サークルの友人たちと、唾を飛ばしながら人生や恋愛や芸術を語り合った、貧しくも充実した青春でした。この本は、今でも時々手に取るのですが、そのたびに20歳のあの頃にタイムスリップしてしまいます。甘酸っぱい感傷には無縁に見える私の意外な横顔のあかし。それが『二十歳の火影』なのです。やっぱりヘンですか?

宮本輝の作品は、どこまでも人間の可能性を信じる、希望にあふれた叙事詩だと思います。『泥の河』も『青が散る』も『錦繍』も『優駿』も、絶望的な苦しみを必死に耐え、歯をくいしばって克服するドラマが展開されています。読者はハラハラしながら、主人公に感情移入し、共に闘い、共に涙をながし、苦難を乗り越えた歓びを分かち合うことが出来るのです。

私自身の、作家への道のりはいまだ遠く、恥ずかしながら挫折の連続ではありますが、『二十歳の火影』に励まされたあの頃の、純粋でひたむきな情熱を奮い起して、見果てぬ夢にチャレンジしていきたいと思っています。今は議員として、人生の舞台で未完のドラマを演じているのですが、今の立場で全力投球しゆく中で、人生の最終章で「俺の人生は満足だった」と言い切っていけるよう、使命の道を全うしていく決意です。

20歳の吉田たかおよ、46歳の吉田たかおの姿を見ているか? どや、まんざらアホくさい人生でもないやろ。これからも頑張るし、期待しとってやぁ~っ!